ハム宅配便第4話

いつも乗り込んでいる、CNG(天然ガス)搭載のハイゼットカーゴのキーが変形して、仕事に支障が出たので、連休の時に相談しに上京した。
元々、毎日のように名古屋市内の24時間の天然ガスステーションに通って居たのだが、体力的に負担が大きい上、オートマチックのため燃費がかなり悪いのでこの際、ミッション車に乗り換えようと思い東京に戻っていた。
船橋に住む小岩の宅配屋に会いに行った。彼の実家は習志野車屋で、宅配下請け業者を優遇していた。
「ターボでミッションでFRでロールーフで、オプションはLEDヘッドライト?」
「そんなの、130万は超えるぜ?新車買った方がいいんじゃねーの?」
上野で待ち合わせした千葉の親子は二人揃って驚いて言った。
「兄ちゃんよ、貯金はどんだけあんだい?」
「250万くらいかな」
「売る方が言うことじゃねーけど、新車を買ったらいいじゃないの」
親父に諭され店をあとにした男は、ぶらりと都内を散策することにした。
男は都内に住んでいたと言っても渋谷方面だったため、上野はかなり以前に理由すら定かではない用事で立ち寄って以来であり、未知の街だった。
さすがに東京都全域で言っても数えるほどしかない警備拠点の一つと言うだけあって、都会らしく巨大な雑踏地区を形成しているのが分かった。浅草寺(せんそうじ)の警備本部は日本全国を縄張りとする本庁警備局が主導するほどの土地柄であるだけに、警察官の活動がよく目立つ。男の働く愛知県でも県警内は警備部が最大派閥を利かせており、機動隊展開、公安の作業は民間人の男にもよく知られるほどのレベルだった。しかし、警視庁の警備は更に上を行っている。
これが平時と言うのだから、都内各界そして、警視庁の治安維持能力には驚くばかりの思いがした。
警視庁のパトカーが男のわきでたまたま止まった。
「お!久々だな」
助手席の警部補が男と目が合うなり話しかけた。
男が調布に住んでいる頃に、警視庁第3機動捜査隊に勤務していた巡査部長だった。元は本庁警備局出向で、主に所轄の公安の作業マンとして実績を積んでいると聞いていた。巡査部長は公安部勤務の経験は無かったが、キャリアの公安総務課長も評価していたので、相当の人物であろうことは素人の男にも想像できた。
「階級が上がって会社のお巡りですか」
「人2から圧力がかかった」
「新」警部補は冗談を言いながら続けた。
「調布の頃、途中で引っ越したから寂しかったよ。先輩との掛け合いも相当の情報源だったからね。元々機捜って柄じゃねーんだから、俺は」
「確かに、立川、麻布、戸塚、築地と、全部警備の作業担当を経験されてますからね。僕が本官じゃなくてもこの経歴が凄いのはよく分かる。よく本部に呼ばれませんでしたね」
「本部に呼ばれたのは、一時期の組対5課の銃薬だけだったな」
「銃薬?公安系だから知能ならともかく銃薬って」
「調べはよくしてたからな。人事評価で組対の頭やってたホモ参事官に見初められちまった」
「それって、監察に出された山本ってゲイですか?」
「そう。菱にガサ情報売ったのがバレて本庁から官房の偉いさんが入って相当ガツガツやられたらしいよ」
「京大生なのに頑張ってるなーと思ってたんですけどね」
「関西人は警察官僚に多いけど、諸刃の剣(つるぎ)なんだよね。特に大学の出身まで関西はちょっとな」
一番末端レベルで公安情報に携わった警部補は持論を展開した。
「ところで、お前さん、その後は岐阜県に引っ越したそうじゃないか。今日はどうして上野に?」
「引っ越したのさすがにバレてましたか。さらっと言うのが凄いですよね。いや、今日は愛知の北尾張で新しく始めた宅配の仕事に使ってる車がすね出しましてね。代わりの車をアテに来たんですよ」
「戻ってきたんじゃないのか」
「まぁ、案外、都内に戻ってくるかも知れませんけどね」
係長は男の住まいの地名を聞いてはっとした。
「ちょっと待てよ。岐阜と言えば備局の理事官が警務部長で行ったとこだよな。今まで準キャリで続いていたのに、本部長も元長崎警備の部長だし。官房総務に外事から人出したからかな。今の次長はずっと本庁の公安ばかりだったからな。いよいよ、オリンピック前に駆除対策に乗り出したか。あそこは叩きの県だけど、事故が少なくて若い幹部には安全物件なんだよね。ただ、警視監の異同となるとちょっとただ事じゃないね」
「確かに。今までは西日本の国立大出身の警察じゃない方面の人間が登用されてたけど、ここのところ東大卒の警視長だったな。現本部長でかなり久々に警視監が本部長になったんだよね」
「公安には元々、反中国はかなりいたけど、最近は世論の後押しもあって反在日にまで拡大してきている。特に警視庁の公総、公1、公2だな。戦前のナチスにちょっと風潮が似てきている感はあるけど、まぁ俺はナチスには同情的だから、国際世論から孤立しなければ同じ道を進むのもオッケーだと思うんだよな」
「確かに今の反ナチズムは、旧連合国がまいたプロパガンダで、実態はちょっと違うと言う論者は増えていますもんね」
「さすが先輩、よく調べてるね」
「やり過ぎた感はある。けれども原因はユダヤ人にある。僕は親パレスチナでもないけど、イスラエル側には付けないかな。これだけはトランプと立場を異にしている」
「え?!先輩はやはりトランプ派なの?」
「僕は日本じゃ自民党アメリカじゃ共和党を支持してるよ」
男は当然のように答えた。
そこへ元第9機動隊で浅草交通課の若手の警部補がミニパトで乗り付けて止まった。
「お疲れっす。あ、先輩、確か田調管内で以前、お話した事ある人?」
「田調?あぁ、大森管内に住んでた頃ね」
「今日はこんな所まで。お仕事で?」
「彼は今、とある地方で頑張っていて、配達の仕事に使う車両をお探しにいらしたんだよ」
ハム警部補が代わりに説明した。
「今は何にお乗りになってらっしゃるんですか?」
ハイゼットカーゴです。天然ガス仕様のね」
「ボンベ、邪魔にならないですか?確かかなりでかいボンベが室内に置かれてる仕様ですよね?」
「よくご存じですね」
「ほら。前回も話したかも知れませんが、私は9機に居ましたからね。不審車両や族の乗り付けた車両も瞬時に判別しなきゃなんなくて、車に詳しくなったんですよ。9機の次に所属した多摩中央警察の警備課長が公総の作業担当係長で、調査担当もしてきた経緯で色々教わった事も大きいんですけどね」
「そのとおりだな。上司に恵まれたな」
上野のハム係長がうなずいた。ハム警部補は同じ係長でも筆頭格のため、元9機の浅草係長より準上司に当たっていた。
「やはり、配達で使うならオートマチックではなくミッション車で、フルフラットになるガソリン車じゃなくちゃ!」
「新人の頃はアクティに乗ってたんだけどね。元々ホンダが嫌いってのもあってハイゼットに乗り換えたようなもんだし。今でもあの車は代車としてうちに置いてあるんだけど」
「なら、尚更ガソリン車でしょ!あのボンベのスペースは、かなり積載効率を落としてますよ」
「なに、その言い振りだと係長は宅配に詳しいの?」
「甥がヤマトの委託、妹も日本郵便の委託なんですよ」
「ヤマトかぁ。儲かってそうだ。聞くところによると、郵便も夜配は単価が上がるって聞いたなぁ。僕は京都運輸だけど、ケースサイズで変動があるだけだからなぁ。件数やんなきゃ儲かんねーんだよね」
「特に私の甥は都内地区なので、アマゾン関連で確かに相当儲かってるようですよ」
「やっぱりガソリンのミッション車だよな」
男はつぶやいた。
二人と別れると、男は自宅近くの自動車販売業者に電話した。元岐阜県警警備部の公安担当のノンキャリで、本庁警備局理事官のほか、本庁官房の人事担当からの評価も高かった人物だ。当然、今でも岐阜県警警備部、勤務経験はないが警視庁公安部の両者と協力関係にあった。
上野の係長の話をすると、業者は懐かしそうだった。
「会社のハムはあいつに任せとけって言われてる、作業もこなす人だね。叩き上げの職業作業マン。へー。今や筆頭係長かぁ。僕は彼と同い年でこの世界に入ったのも同時だけど、若い頃を知っているからなぁ。当時は不器用で、でも一生懸命だった。僕が都内にいた頃は本庁勤務だったし、奴は会社ハム系だったから直接引っ掛かる事は無かったけど、当時の上司は部署違いにも関わらず注目してたなぁ。本部勤務には敢えてしないようになってるんじゃないかなぁ。確か今の人2の課長は捜2の主任やって評価高かった人でしょ。公総とも仲良かったからなぁ。あの人は」
男はこのハムの世界のネットワークの果てしない感じが聞いていて好きなのであった。